三住 忍
- 政府は、本年4月28日、教育基本法「改正」法案(以下「法案」という)を国会に上程し、衆議院「教育基本法に関する特別委員会」にて継続審議となっている。今秋の臨時国会において、政府は、同法案の成立を最重要課題と位置付けて取り組むことを明らかにしている。
ところで、教育基本法は、その前文で、「われらは、さきに、日本国憲法を確定し、民主的で文化的な国家を建設して、世界の平和と人類の福祉に貢献しようとする決意を示した。この理想の実現は、根本において教育の力にまつべきものである」と規定するように、「準憲法」的性格を持つ極めて重要な法律である。したがって、これを改正することについては、特に慎重でなければならない。
しかし、法案は、既に日本弁護士連合会が本年9月15日付意見書で明らかにしているとおり、様々な問題点を有している。当会も、同意見書の内容を踏まえ、以下の意見を表明するものである。
- 当弁護士会は、本年5月20日、総会の場において「憲法の基本理念を堅持する宣言」を採択した。同宣言は、現行憲法の基本理念たる「立憲主義」を堅持すべきことを訴えるとともに、現在の改憲案の多くが、国家権力を規制するという憲法の基本的性格を曖昧にし、国家主義的な傾向を明らかにしていると指摘した。そして、今回の法案は、その基本的発想において、これらの改憲案と共通している。
すなわち、法案は、「教育の目標」として、「公共の精神に基づき主体的に社会の形成に参画し、その発展に寄与する態度を養うこと」や「伝統と文化の尊重」、「我が国と郷土を愛する態度を養うこと」等を規定するとともに(2条)、「学校においては、教育の目標が達成されるように…体系的な教育が組織的に行われなければならない」としている(6条2項)。しかし、そこで「目標」として掲げられた「公共の精神」や「伝統と文化の尊重」、「我が国と郷土を愛する態度」といった事柄は、本来、多様性を持つ多義的な概念であって、一義的に決定できないはずのものである。然るに、法案は、これらの徳目を法定するとともに、現行法が教育の目的ないし方針として掲げる「個性ゆたかな文化の創造」(現行法前文)、「個人の価値をたつと」ぶこと(同1条)及び「自発的精神」(同2条)といった言葉をいずれも削除してしまった。このことは、法案の目ざすものが、国家が定める特定の価値観を身につけた「標準日本人」づくりにあることを意味する。
しかし、一人一人の「個性」が認められることなくして、「個人の尊重」(憲法13条)は実現しえない。法案は、憲法13条の「公共の福祉」を特定の価値観を前提にした「公益及び公の秩序」に改めようとする改憲案と同じく、立憲主義の理念と根本的に相容れない。それは、戦前と同様、教育の場を通じて、子どもたちに為政者の求める「お国のため」の論理に従わせることを可能とするものである。
- また、現行教育基本法10条は、戦前教育の過度の国家的介入と統制への反省の上にたち、「教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負って行われるべきものである」と規定するとともに、「教育行政は…必要な諸条件の整備確立を目標として行われ」るものと規定した。しかし、法案は、「国民全体に対し直接に責任を負って行われるべき」との規定を削除するとともに、国と地方公共団体が、役割分担と協力の上で教育を行い、教育に関する施策を策定するものとしている(法案16条)。このような改正は、新たに設定された「教育の目標」を達成するための国家的体制の実現を許容することになりかねない。
- 当会は、上記宣言と同日、「『奈良県少年補導に関する条例』の施行に反対する総会決議」を採択した。本条例は、未成年者の広範囲にわたる行為を「不良行為」と定め、これを発見したときにこれを止めさせる努力義務及び警察職員等に通報する努力義務を県民一般に課すとともに、警察職員の権限を拡大して少年に対する監視・規制・取り締まりを強化するものである。しかし、そもそも「不良」とは、特定の価値観を前提に、それに従わないことを意味する。これを警察職員の権力行使の対象とすることは、上記の法案ならびに改憲案と同一の発想に立つものである。法案は「学校、家庭及び地域住民その他の関係者は、教育におけるそれぞれの役割と責任を自覚するとともに、相互の連携及び協力に努めるものとする」と規定するが(13条)、これが全国的な補導法制ならびに上記条例と密接な関連性を持つ可能性が高い。当会としては、このような可能性を持つ本法案を看過することはできない。
- そもそも、本改正案については、このような改正を是非とも必要とする理由が審議のうえで明らかにされていない。
確かに、現在の教育制度やその運用実態が国民のニーズに応えた理想的なものであるかどうかについては、多様な議論がある。いじめ被害の頻発等、改善に取り組まなければならない課題も多い。しかし、だからといって、今回提案されているような教育基本法そのものの改正が必要であるかどうかは大いに疑問である。この点についての議論は未だ十分になされているとはいえない。
- 法案が以上のような問題を孕むものであることに鑑みるならば、当会としては、これに反対せざるを得ない。また、今後、教育及び教育基本法の在り方が問題にされるとしても、拙速に流れることなく、同法の「準憲法」的性格にふさわしい、慎重な取り扱いがなされることを望む次第である。