- 2014年(平成26年)8月、当会は、いわゆる「京都朝鮮学校襲撃事件」及び「水平社博物館前差別街宣事件」の各地裁判決を踏まえて、「「ヘイト・スピーチ」に反対し、その根絶に向けて努力することを宣言する会長声明」を発表し、そこにおいて、「ヘイト・スピーチに反対する態度を明らかにするとともに、あらゆる差別が根絶され、多様な個人がそれぞれ自分らしく共生できる社会を真に実現するために、当会及び各会員が様々な分野で引き続き努力していくことを、宣言する」と述べた。
- それにも拘わらず、その後約10年が経った現在においても、いわゆる「ヘイト・スピーチ」、すなわち人種等を理由とする差別的言動が社会から根絶されたとはいい難い。近年でも、奈良県在住の人物が京都府宇治市のウトロ地区等に対して、在日コリアンに対する差別意識及び憎悪に基づいて放火行為を行い、有罪判決を受けている。このような憎悪犯罪をはじめとする差別的言動は、憲法が保障する個人の尊厳(13条)や法の下の平等(14条1項)に照らして決して許されてはならないものであることは、上記会長声明でも指摘したとおりである。
このような社会的状況の下で現在、奈良県内においても、人種等を理由とする差別的言動を規制する奈良県条例の制定を求める動きがある。 - この点、2016年(平成28年)に制定・施行されたいわゆる「ヘイトスピーチ解消法」は、一定の意義は有するものの、しかし、対象とする「不当な差別的言動」の内容・範囲を不当に狭く限定してしまっている点や、理念法に留まり具体的かつ実効的な被害者救済制度がない点で、差別的言動の根絶に向けての十分な施策とは必ずしもいい難い。
そこで、人種、皮膚の色、世系(被差別部落を含む。)、民族的若しくは種族的出身、国籍を理由とするあらゆる差別的言動一般を包括的に禁止し、かつ、例えば専門機関によるインターネットの継続的モニタリング及びこれにより発見した差別的言動についての削除要請等といった実効性ある被害者救済制度を創設するような法規範が必要である。このような意見は日本弁護士連合会が昨年4月14日付け「人種等を理由とする差別的言動を禁止する法律の制定を求める意見書」で既に述べており、すなわち国レベルでの早急な法整備が本来は望まれるところではあるが、これに先んじて奈良県においてそのような内容の条例の制定が議論されることには大きな意義がある。 - もちろん、差別的言動に対する規制の具体的な在り方は、これもまた憲法が保障する重要な基本的人権である表現の自由(21条1項)との関係で慎重な検討がなされる必要はある。特に、刑事罰の導入いかんについては、拙速な議論は避けねばならない。しかし、その上でなお、現在の社会的状況に鑑み、差別的言動一般を包括的に禁止する趣旨の条例の制定の必要性は高いと考える。
したがって、当会は、奈良県知事及び奈良県議会に対して、人種等を理由とする差別的言動を規制する条例の制定に向けて、同様の取り組みにおいて先行する他自治体の例や上記日弁連意見書等も参考にしつつ、積極的な議論をすべきことを求めるものである。
以上
2024年(令和6年)8月26日
奈良弁護士会
会長 嶋 岡 英 司