会長 藤本 卓司
- 政府は、本年3月7日、少年法の一部を改正する法律案(以下「同法案」という。)を国会に上程した。
同法案は(1)一定の結果が重大な犯罪について、犯罪被害者等による少年審判の傍聴を認めること、(2)記録の閲覧・謄写につき、その要件を現行法よりもさらに緩和することなどを内容とする。
しかし、当会は、以下の理由から同法案に反対する。
- 少年法は、「少年の健全育成」(1条)を目的とし、少年の保護・教育の優先をうたっている。
これは、少年が成長発達の途上にあり、可塑性に富むことから、可能な限り教育による改善更生を図ることが再犯の防止にも有効であり、少年の成長を支援することが出来るとの考え方に基づくものである。
このような目的を実現するため、少年審判は、非行事実の認定のみならず、非行をおこすに至った背景・要因を正確に把握し対処することが必要とされる。
そのため、少年審判は「懇切を旨として、和やかに行う」(22条1項)とされている。これは、事件をおこした少年が生育環境や資質・性格に大きな問題をかかえていることを踏まえ、まず少年からその悩みや不満、家族やプライバシーに関する事項を萎縮することなく率直に述べてもらうためである。
そして、少年の率直な発言をきっかけに、少年の持つ問題点を浮き彫りにし、その未熟さを自覚させる過程を経て、はじめて少年は自らがもたらした被害に向き合い、内省を深めることができるようになる。
ところが、被害者等が審判の傍聴をした場合、精神的に未熟で社会的経験も乏しい少年は、心理的に萎縮して、率直に自分の生育歴や思いを語ることができなくなるおそれが大きい。特に審判は、事件発生から間もない時期に開かれるため、少年のみならず、被害者等にとっても心理的動揺がまだ大きい状況にあり、そのような状況下で被害者等が審判を傍聴することにより、少年審判は緊張した雰囲気とならざるを得ず、少年法の理念に基づいた審判運営は極めて困難となる。
また、裁判官や調査官、附添人などの関係者は、少年と親族のプライバシーに配慮せざるをえなくなり、少年の生育歴や家族関係の問題といったプライバシーに深く関わる事項を取り上げることが困難となり、非行の原因を十分に掘り下げることができず、かつ適切な処分を選択することが出来なくなる。
- また、同法案は、閲覧・謄写の要件を現行法よりも緩和し、閲覧・謄写を原則可能とし、対象となる記録の範囲も法律記録の少年の身上経歴等に関する部分にまで拡大している。
しかし、このような法改正は、少年や親族等の関係者のプライバシーを害するおそれが高く、その後の少年の更生を困難にしかねない。現行法の運用上、被害者等による記録の閲覧・謄写は十分に機能しており、これ以上に閲覧・謄写を原則可能とし、対象となる記録の範囲を拡大する必要性はない。
- 被害者等の保護・支援は重要であり、被害者等の事実を知りたいという心情も尊重されるべきである。しかし、以上のとおり同法案は少年法の基本理念を根本から脅かすものであり、あまりに弊害が大きい。
被害者等の支援は、関係各機関が連携し、2000年(平成12年)少年法改正で導入された、被害者等による記録の閲覧・謄写、被害者等の意見聴取、審判の結果通知の各規定の存在をさらに丁寧に知らせるとともに、被害者に対する経済的、精神的支援制度を早期に充実することによるべきである。
- 以上のとおりであり、当会は、(1)被害者等に少年審判の傍聴を認めること、(2)記録の閲覧・謄写の要件を緩和することに関する同法案に強く反対するものである。