奈良弁護士会

憲法改正手続法の有料広告規制にかかる規定について抜本的改正を求める会長声明

 奈良弁護士会 
 会長 西村 香苗
 

  1.  2007(平成19)年5月、日本国憲法の改正手続に関する法律(以下、「憲法改正手続法」または単に「法」という)が制定された。その際、参議院日本国憲法に関する調査特別委員会は、テレビ・ラジオの有料広告規制について、本法施行までに必要な検討を加えることを附帯決議した。
     しかし、2010(平成22)年5月の法施行から8年半を経過した今日に至るまで、必要な検討はなされなかった。来年にも国民投票が実施される可能性が高まっている現状においてテレビ・ラジオの有料広告規制の規定は、国民投票制度の根幹部分に関するものであるから、十分な検討と抜本的見直しが必要である。
  2.  テレビ・ラジオの有料広告の特質
     憲法改正手続における国民投票の制度は、国会が提案した憲法改正案を、国民が主権者(憲法前文、1条)として、その可否を決定する権力的な行為である。この権利を行使するにあたり、個々の国民が、提案された改正案に対してどのような意見を形成し、どのような投票行動を取るかは、個人の尊重に由来する人格的自律権あるいは自己決定権の内容として、国政の上で最大限に尊重されなければならない(憲法13条)。
     そして、このような個々の国民の権利が適切に行使されるためには、改正案の具体的な内容や、改正案に対する賛成・反対の理由が国民にとって明確なものでなければならない。したがって、改正案に関する多様な情報が提供されること、改正案について賛成・反対の立場からの対等かつ理性的な議論が展開される場が提供されることが必要である。
     しかし、テレビ、ラジオの有料広告については慎重な検討を要する。すなわち、テレビ、ラジオのいわゆるスポット広告は、過度に単純化された内容で一方的に視聴者の感情やイメージに訴えることで意見の刷り込み効果を狙ったものであり、理性的な議論とはほど遠い。しかも放送という資源は有限で、かつ、広告を出すのには膨大な費用を要することから、より資金力のある者のスポット広告が、より多くの時間流され続けることになり、多様かつ対等な情報の提供を期しがたい。このような環境下で国民投票を実施することは、個々の国民が、改正案に対し賛成・反対の意見を主体的に形成し投票行動する権利を侵害するものである。
     したがって、改正案に賛成・反対の意見を、対等な立場で理性的かつ多面的な議論を尽くし、公正・公平な国民投票を実現するという観点から、次のような憲法改正手続法の改正が必要である。
     
  3.  公費による広告の十分な保障の必要性
     現行の憲法改正手続法も、改正案に賛成し又は反対する政党等又はその指名する団体が、テレビ・ラジオで、無料で「意見の広告」を放送する制度を設けている(法106条)。
     しかし、この公費による意見広告については、「憲法改正案に賛成の政党等及び反対の政党等の双方に対して同一の時間数及び同等の時間帯を与える等同等の利便を提供しなければならない」と規定するだけで、公費による広告の時期、内容、頻度等については何の規定もない。
     しかし、個々の国民が、改正案に対し主体的に意見を形成し投票行動する権利を実質的に保障するには、改正案の内容やその賛成・反対の理由等について、国民全体に十分な情報を提供する仕組みが公的に整備されるべきである。すなわち、改正案の内容、賛成・反対の理由等を理解し判断するだけの量の広告枠を、国民が視聴しやすい時間帯において十分に確保し、広告の時期、時間帯、頻度等を計画し、国民に予め十分に周知することが必要である。
     その場合、改正案に対する賛成意見と反対意見とが公平・平等に取り扱われるべきは当然であるが、それぞれの意見の根拠を深く理解できるように、賛成意見と反対意見を個別に放送するだけでなく、賛成意見と反対意見を同じ場で議論させる討論番組形式の企画も導入することが望ましい。
  4.  広報協議会の構成の改善・充実
     これらの広告の機会の確保、その実施等の事務を所掌する主体は、現行法上は国民投票広報協議会(以下、「広報協議会」という。)である。広報協議会は、「憲法改正の発議があったとき」に、改正案の広報に関する事務を行うため、国会に設けられ(法14条)、広報協議会の委員の数は衆参各10人であり、委員は各議院における各会派の所属議員数の比率により、各会派に割り当て選任することを原則としている(法12条)。
     硬性憲法の趣旨により、改正案の発議は各議院の議員の3分の2以上の賛成で発議されるものとされているが、いったん発議された改正案を広報する場面においては、賛成・反対の多様な意見を公平に国民に提供するべきという異なった趣旨が要請される。とすれば、改正案に賛成した多数派が必然的に広報協議会の委員の多数を占めるような現行制度は、広報の公平性の確保の観点から重大な疑問がある。
     したがって、賛否の意見が公平に広報されるよう、賛成派、反対派の各議員から同数の委員が選任されるように広報協議会の委員の構成についての見直しを行うべきである。また、広報協議会の運営の公正を確保するために、学識経験者その他の第三者にも参加を求めて組織を拡充すべきである。
  5.  テレビ・ラジオの有料意見広告放送の一定期間の制限
     憲法改正案に関するテレビ及びラジオの有料広告放送は、現行法では、「憲法改正案に対し賛成又は反対の投票をし又はしないよう勧誘する行為」(法100条の2)である「国民投票運動のための広告放送」(以下、「勧誘広告」という)のみ国民投票期日前2週間禁止されている(法105条)。しかし、それ以外の憲法改正案に関する意見表明としての広告放送(以下、「意見広告」という)は、国民投票期日でも可能であり、全く規制対象外であると解されている。
     しかし、勧誘広告と意見広告との区別は実際上困難な場合が予想され、広告放送において、資金力のある者とない者との間の情報量の格差は、勧誘広告と意見広告とで違いはない。そうだとすると、国民投票期日前の広告放送について、その禁止の対象に勧誘広告に加えて意見広告も含めるべきである。
     また、期日前投票(国民投票当日に一定の事由が見込まれる場合に、国民投票期日前14日に当たる日から国民投票期日の前日までの間に国民投票を行うことができる)を行う者にも、資金力等の違いによる情報提供の格差の是正のために、現行法と同程度の冷却期間を保障する必要がある。したがって、テレビ・ラジオの有料意見広告については、国会が憲法改正を発議した日から国民投票の期日までの期間を現行の国民投票前2週間に限定せず、さらに相当な期間、禁止を延長すべきである。
  6.  上記のとおり、国民投票制度において国民の意見が適正に反映されるためには、公正な広告が担保されるべきは明らかである。憲法改正手続法の有料広告規制にかかる規定について、本声明のとおり、抜本的な改正を求める。

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