奈良弁護士会

生活保護制度に関して慎重な報道と行政の適切な対応を求める会長声明

奈良弁護士会
会長 山﨑靖子

  1. 現在、人気芸能人の親が生活保護を利用していたという報道を契機として、テレビや週刊誌を中心に、生活保護制度に関連したバッシングが断続的に続いている。

    小宮山洋子厚生労働大臣は、上記のような状況の中で、事実上、扶養の有無を生活保護利用の要件とするような法改正や生活保護基準の引き下げを検討する考えを示している。

  2. ここで、確認しておかなければならないのは、生活保護法が、親族による扶養ができないことを保護開始の要件とはしていない事実である。これは、生活困窮者の中には、DVや虐待などで親族関係に問題を抱えている人が少なくなく、扶養を強制してしまうと、本当に必要な人に保護が行き届かなくなる恐れがあるからである。

    上記のような断続的な報道は、こうした点についての正確な理解を欠くものであり、不正(又は不適正)受給が過度に強調されることで、あたかも生活保護制度全般、利用者全般に問題があるといった誤った認識を押しつけかねない。

  3. ところで、上記のようなバッシングの背後には、生活保護制度の利用者の増加は問題であるとの考えや、不正受給が横行しているとの見方があると思われる。

    しかし、厚生労働省による調査によれば、わが国の貧困率は、じわじわと上昇を続けており、既に16%に達している。これに対して、日本の生活保護制度の利用率は、2008年のリーマンショック以降、特に増加しているといっても全人口の1.6%にすぎない。他の先進諸国(ドイツ9.7%、イギリス9.3%、フランス5.7%)と比べても極めて低く、捕捉率(生活保護利用資格のある人のうち現に利用している人の割合)も20~30%にすぎないと言われている。また、「不正受給」そのものは許されないが、その割合は、全国で0.4%程度、奈良県でも0.6%程度に留まっている(金額ベース)。

    むしろ、依然として問題なのは、本当に生活保護制度の利用が必要な人に対して、これを利用させないという「漏給」に関してである。奈良県内においても、生活保護制度の利用を申請している人に対し、自治体の窓口が「2回目は受給できない」、「同一自治体内で親族が保護を受けている場合は受けられない」などの誤った教示を行っている例が確認されている。

  4. そもそも、我が国では、最低賃金額の大幅な改善はなされず、非正規雇用労働者の割合も35%を超過したままである。本年、ようやく労働者派遣法の改正がなされたが、派遣労働者の保護は、ほとんど前進していない。わが国の貧困率が、上昇を続けるなか、貧困問題に関する抜本的な対策を行うことなく、逆に生活保護制度の利用の「引き締め」を進めれば、貧困は固定化し、社会全体が疲弊することになりかねない。

    むしろ、現在求められているのは、多数の生活保護制度の利用者を生み出している貧困そのものへの対策であり、また、必要なときにすぐに利用でき、利用開始後はできるだけ速やかに受給状態から自立できるような生活保護制度の確立である。

  5. 以上のような状況を踏まえ、当会は、奈良県内においても、報道機関に対しては、生活保護制度の利用者に対する感情的なバッシングが誘発されることのないよう慎重な報道を求めるとともに、県下各自治体の窓口においては、生活保護制度の利用を必要としている人が、不当に排除されることのないよう適正な取扱いを求める。

戻る