奈良弁護士会

生活保護基準の引下げに強く反対する会長声明

奈良弁護士会
会長 山﨑靖子

政府は、2012(平成24)年8月17日、「平成25年度予算の概算要求組替え基準について」を閣議決定した。そこでは、同月10日に成立したばかりの社会保障制度改革推進法(附則2条)において、「給付水準の適正化」を含む生活保護制度の見直しが明文で定められていることを受け、社会保障分野も聖域視せず、生活保護の見直しをはじめとする合理化・効率化に最大限取り組み、極力圧縮に努めることが明記されている。

一方、生活保護基準については、2011(平成23)年2月に設置された社会保障審議会生活保護基準部会において、学識経験者らによる専門的な検討が続けられているが、厚生労働省が本年7月5日に発表した「『生活支援戦略』中間まとめ」では、「一般低所得世帯の消費実態との比較検証を行い、今年末を目途に結論を取りまとめる」ものとされている。そして、同省が公表している平成25年度の予算概算要求の主要事項には、生活保護費を抑制するための「生活保護基準の検証・見直しの具体的内容については、予算編成過程で検討する」と記載されている。

これら一連の事実からは、来年度予算編成過程において、生活保護法8条に基づき生活保護基準を設定する権限を有する厚生労働大臣が、生活保護基準の引下げを行おうとすることは必至である。これは、最近の報道によれば、財務省においても、生活保護費の削減を求める方針を示しているとされる。

しかし、憲法25条は「健康で文化的な最低限度の生活」を保障しているところ、生活保護基準は、我が国における生存権保障の水準を決する極めて重要なものとなっている。さらに、例えば、生活保護基準が下がれば、事実上、最低賃金の引き上げ目標額が下がるという形で、生活保護を利用していない労働者の労働条件にも大きな影響が及ぶ。また、生活保護基準は、地方税の非課税基準、介護保険の保険料・利用料や障害者自立支援法による利用料の減額基準、就学援助の給付対象基準など、福祉・教育・税制などの多様な施策の適用基準にも連動している。生活保護基準の引下げは、現に生活保護を利用している人の生活レベルを低下させるだけでなく、市民生活全体に大きな影響を与えることになる。

現在、生活保護制度の利用者数は増加を続けており、200万人を超過していることは事実である。しかし、例えば、働いても働いても日々の生活が精一杯な状態から脱出できないワーキングプアの問題は、生活保護利用者が拡大する一つの要因と考えられるが、これに対して、特に有効な対策がとられたわけではない。いわゆる労働者派遣法の改正は小規模な範囲に留まり、最低賃金の引き上げもなかなか進んでいない。また、ケースワーカーの不足は解消されておらず、生活保護利用者毎に異なる事情を十分にフォローする態勢も確保されていない。単に、生活保護基準を引き下げるだけでは、根本的な問題は何ら解決しないのである。

このような状況の下で、財政目的、あるいは政治的な思惑に基づき、生活保護基準の引き下げを決めることは許されるものではない。むしろ、上記のような生活保護基準の重要性に鑑みれば、その在り方は、上記の生活保護基準部会などにおいて純学術的観点からの慎重な検討を踏まえるとともに、生活保護制度の利用当事者の声を十分に聴取して決されるべきであると考える。

よって、当会は、次年度予算編成過程において生活保護基準を引き下げることに強く反対する。


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