福井 英之
- 2000年(平成12年)に成立した「書面の交付等に関する情報通信の技術の利用のための関係法律の整備に関する法律」(いわゆる「IT書面一括法」)は、対象とする50の法律について、各法律の規定による書面の交付に代えて、各書面の内容を情報通信技術を利用する方法により提供することを認める旨の法改正を行った。しかし、貸金業の規制等に関する法律(以下「貸金業規制法」という)については、商品取引所法などとともに、「契約をめぐるトラブルが現に多発している」との理由で同法による改正の対象から除外された。
- これに対し、近時、貸金業界は、貸金業規制法及び出資の受入れ、預り金及び金利等の取締りに関する法律(以下「出資法」という)の2003年(平成15年)改正法(いわゆる「ヤミ金融対策法」)において、施行後3年を目途としておこなうものとされている「貸金業制度の見直し」に関連し、即時性・利便性を理由に挙げて貸金業規制法17条に規定されている契約書面及び同法18条に規定されている受取証書の交付を情報通信技術を利用する方法によって代替させる旨の法改正を行うべきであるとの主張を強力に展開しようとしている。
- しかし、多重債務者問題が、依然として深刻な社会問題となっている現在、即時性・利便性のみをことさら強調し消費者保護のための重要な規定である同法17条、18条の書面交付義務を安易に緩和するべきでない。
すなわち、貸金業規制法17条に規定されている契約書面は、借入金額、返済期日、利息、遅延損害金など消費者の負担する債務内容を明確にして確認させる書面であり、同法18条の受取証書は、元金、利息、損害金の充当内訳を消費者側に明確に告知する書面である。これらの書面はいずれも、契約内容を明確にし、消費者に負担する債務の重大性を認識させる書面であるとともに、消費者が今後の返済計画を立てるための資料にもなる極めて重要なものである。
ところが、これらの書面をホームページでの掲載や電子メールでの送信といった方法で代替した場合(以下、これを「電子データによる書面交付」という)、情報が紙媒体のような有体物ではないことや、積極的にアクセスしなければ情報に触れる機会がなく、書面の交付に比較して消費者が契約内容を確認する機会を逸する事例が大量に発生することが予想される。その結果、消費者が契約内容を十分に把握できなければ、計画的な借入、返済のための最低限の歯止めを失うのであって、多重債務者問題がより深刻化することが懸念される。
- また、同法43条に規定する「みなし弁済」はこれらの書面を交付したことを適用要件としているが、貸金業者が同条の要件を満たさないにもかかわらず、「みなし弁済」規定に固執し、取引履歴の不開示や改ざんなどの不正な方法によって、過払金返還債務の履行を回避しようとするといったトラブルが多発しており、全国で貸金業者に対する多数の過払金返還請求訴訟が提起されている。
このように「契約をめぐるトラブルが現に多発している」事実が何ら解消されていない状況下において、より改ざんや削除が容易で安定性に欠ける電子データによる書面交付を認めることは、消費者の被害救済を困難とさせるとともに、新たなトラブルの誘発にもつながりかねない。
なお、最高裁は、本年1月13日、及び同月19日に相次いで「みなし弁済」規定を事実上死文化させるほどの厳格な解釈を行い、消費者保護の徹底を図る立場を明確にしており、電子データによる書面交付を認め「みなし弁済」規定の適用を容易にすることは、かかる最高裁の立場に真っ向から反するものである。
- したがって、当会は、貸金業規制法17条に規定されている契約書面及び同法18条に規定されている受取証書の交付を電子的手段によって代替させる趣旨の法改正に対しては、強く反対するものである。