当会は,裁判所の人的体制の充実に資する非常勤裁判官制度の発展・拡充のための施策の一環として,
- 最高裁判所に対し,奈良家庭裁判所・奈良簡易裁判所ならびに奈良県内の家庭裁判所支部・出張所および簡易裁判所において非常勤裁判官制度を実施するよう求めると共に,
- 当会は,当会の会員が広く非常勤裁判官に任官できるよう,日本弁護士連合会及び近畿弁護士会連合会と連携して積極的に支援し,必要な数の非常勤裁判官を責任をもって推薦するよう全力を尽くす
ことを決議する。
提案理由
第1 非常勤裁判官制度の意義及び制度趣旨
- 非常勤裁判官制度の概要
非常勤裁判官とは,5年以上の経験を有する弁護士が,弁護士としての身分を持ったまま,民事調停または家事調停に関し,裁判官と同等の権限を持って調停手続を主宰する制度である。法律上は,それぞれ民事調停官および家事調停官というが,これら2つを併せた通称である。
任期は2年で,現在の運用上再任は1度に限り認められ,週1回の割合で裁判所に登庁し終日執務を行うものとされている。 - 制度創設の経緯及び制度趣旨
非常勤裁判官制度は,我が国の社会や経済状況が変化し,多種多様な事件に対する司法の役割への期待へ応えるため,1990年代に司法改革の議論が進む中,2001年(平成13年)の司法制度改革審議会意見書が提言したことに由来する。同意見書は,裁判官給源の多様化,多元化を求め,また国民にとってより利用しやすく,わかりやすく,頼りがいのある司法を目指すため,実効的な事件の解決を可能とする制度を構築することを求めた。それを受け,最高裁判所と日本弁護士連合会は,2001年(平成13年)12月,主に弁護士から常勤裁判官への任官について協議を取りまとめた後引き続き非常勤裁判官制度の検討を開始し,翌2002年(平成14年)8月,制度創設を合意し,2003年(平成15年)7月,民事調停法および家事審判法(当時)の一部改正により実現された。
このような非常勤裁判官制度の趣旨は,調停手続の活性化のみならず,非常勤裁判官を経験した弁護士がさらに積極的に常勤裁判官に任官することによって,将来の法曹一元に繋がる役割を果たすことにあると考えられる。
第2 制度の評価及び課題
- 非常勤裁判官制度への評価
非常勤裁判官制度は2004年(平成16年)1月にスタートし,裁判所からも,また日本弁護士連合会や研究者からも高い評価を得ている。非常勤裁判官を経験した弁護士からは,「最初はとても調停の成立は難しいと思われた事件でも,両当事者の言い分をじっくりと聞き,2人の調停委員と知恵を出し合うことでウィンウィンの解決をすることができたときに醍醐味を感じた」「常勤裁判官や書記官,家裁調査官など裁判所職員の方々と親しく交流ができ,裁判所の事が良く分かるようになった」「非常勤裁判官として職務を行うことは弁護士としてのスキルアップにつながる」といった感想が寄せられている。 - 非常勤裁判官制度の課題
非常勤裁判官制度については,上記のように高い評価がなされているが,他方で,その実施庁が限定的であり全国的に実施されているという課題が指摘されている。
制度開始当初は,第1期(2004年(平成16年)1月任命)は30人,7か所での実施であったが,その後第4期(2006年(平成18年)10月任命)までに120人,15か所に配置されるに至った。
その後,民事調停官を家事調停官に振り替える等の微調整が行われたことはあったが,2024年(令和6年)10月任命の際に最高裁判所が東京家庭裁判所の家事調停官1名の増員を行う見込みが示されるまで,増員および実施庁の拡大がなされることはなかった。
第3 拡大の決議を行うにあたって
- 拡大の必要性
(1) 近年における家事事件の増加は顕著であり,全国の家事審判事件の新受件数は,1989年(平成元年)が25万2587件,2021年(令和3年)は96万7413件と約3.8倍に増加している。全国の家事調停事件の新受件数も1989年が8万5219件,2021年は13万2556件と約1.5倍に増加している。また,新受件数の増加に加えて,全国の家事審判事件の未済件数も1989年が2万1793件,2021年は6万7879件と約3.1倍に増加している。全国の家事調停事件の未済件数も1989年が3万1865件,2021年は7万0579件と約2.2倍に増加している。
(2) この間,法曹人口が1万7363人(1990年(平成2年))から4万7858人(2022年(令和4年))と約2.8倍に激増しているにもかかわらず,裁判官定員(判事及び判事補の合計人数)は,民事事件及び刑事事件を担当する裁判官を含めても1990年(平成2年)は1994名,2023年(令和5年)には2997名(2022年(令和4年)12月1日の現在員は2747名)と増加率は1.5倍にとどまっており,裁判所の人的体制を充実させることが急務である。
(3) かかる現状に対応するためには,家事調停官の増員が必要である。さらに,民事・家事を問わず,調停制度をより身近で利用しやすくし,充実したものとするために,当事者と向き合ってきた法曹である弁護士を調停官として取り入れることは,裁判所の人的体制の充実に資するものとして重要である。 - 拡大に至らなかった背景
非常勤裁判官制度を新たな庁で導入するにあたっては,将来的に安定して人材を送り込む必要があり,当該庁に対応する弁護士会の協力が不可欠である。日本弁護士連合会においては継続して実施庁の拡大を働き掛けていたが,実施庁が拡大しなかったのも,人材確保の点が一因であったことは否定しがたい。 - 当会の現状
当会においては,2011年(平成23年)には日本弁護士連合会に対し,奈良県下の裁判所での非常勤裁判官制度の実施を最高裁判所に要請するよう要望しているが,現時点で非常勤裁判官制度は実施されていない上に,家事事件を担う常勤裁判官が追加される等の家庭裁判所の充実もなされてこなかった。
しかし,当会においては,過去に常勤裁判官4名が選任された他,非常勤裁判官を経験した会員も2名おり,非常勤裁判官制度実施の土壌がある。今後,蓄積された経験を有する非常勤裁判官経験者の協力を得て,将来的に非常勤裁判官に任官する人材を確保していくことができる。
第4 終わりに
以上のとおり,当会は,法曹一元の実現への足がかりとなるべく,最高裁判所に対して奈良県下の裁判所の人的体制の充実に資する非常勤裁判官制度実施を求めると共に,当会における弁護士任官の機運を高め,必要な数の非常勤裁判官を責任をもって推薦するよう全力を尽くすものである。
以上
2024年(令和6年)5月31日
奈 良 弁 護 士 会