福井 英之
第1 はじめに
本年9月22日、憲法改正国民投票法案の審査等を目的とする「日本国憲法に関する調査特別委員会」が、衆議院に設置され、早くも10月13日には参考人質疑も行われた。報道によれば、与党は今後も、2001年11月に発表された憲法調査推進議員連盟の「日本国憲法改正国民投票法案」に若干の修正を加えただけの「日本国憲法国民投票法案骨子(案)」(以下「法案骨子」という)を基にして、法案化をすすめるとのことである。<
憲法改正国民投票は、主権者である国民の基本的な権利行使にかかわる国政上の重大問題であり、その内容は、あくまでも国民主権の原点に立脚し慎重かつ充分な討議を経て定められねばならない。
しかし、「法案骨子」を検討するならば、発議方法や投票方法、マスコミ報道に対する規制などいくつかの点において看過しがたい問題点が見受けられる。当会は、基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とし、憲法の諸原則を尊重する立場から、この声明で「法案骨子」における以下の6つの問題点を指摘し、もって広く国民の論議に資することを希望する。
第2 憲法改正国民投票のあるべき姿と「法案骨子」の問題点
- 個別の条項ごとに賛否の意思を表示できる投票方法とすべきである
「法案骨子」は、憲法の複数の条項について改正案が発議された場合に、全部につき一括して投票しなければならないのか、あるいは条項ごとに個別に投票することができるのか、明らかにしていない。憲法改正が国民投票に委ねられる所以は、国民主権の原則に則って、国の最高法規たる憲法の改正に国民の意思を十分かつ正確に反映させようというところにある。それゆえ国民投票においては、一括して賛否を問う投票方法ではなく、国民が条項ごと、あるいは問題点ごとに個別に賛否の意思を表明し得る発議方法及び投票方法とすべきである。この点「法案骨子」は、そのもとで一括投票制が採用されるのであれば国民主権の原則に叶うものではない。
- 表現の自由、国民投票運動の自由が最大限尊重されなければならない。
「法案骨子」は、国民投票運動について広範な禁止制限規定を定め、不明確な構成要件により刑罰を科している。例えば、公務員や教育者の運動の制限、マスコミの規制、放送事業者の規制、不明確な要件で処罰を可能にする国民投票の自由妨害罪、演説・放送・新聞紙・雑誌・ビラ・ポスターその他方法を問わない煽動の禁止等である。国民投票にあたっては、何よりも投票者にできる限りの情報提供がなされ、広く深く国民的議論がなされることが必要である。
そのためには、表現の自由が最大限尊重されるべきであり、基本的に国民投票運動は自由でなければならない。この点「法案骨子」の各禁止規定は、国民投票運動に甚だしい萎縮効果をもたらし、表現の自由を著しく制限するものである。 - 発議から投票までの期間は、十分な国民的論議を保障するに足りる期間とすべきである
「法案骨子」は、国民投票の期日について、国会の発議から30日以後90日以内の内閣が定める日としている。発議から投票までには、国民が充分に議論し問題点を認識して的確な判断を下すのに必要かつ充分な考慮期間が設定されるべきである。更にその期間内には、法案に関する公聴会を開催するなど、広く国民的論議を喚起するような配慮をすることが望ましい。この点「法案骨子」は、憲法改正を国民的に論議する期間としてはあまりにも短か過ぎ、国民に充分な議論の機会を保障するものとは言い難く、より長期にわたる考慮期間の設定が必要である。
- 賛成は、少なくとも総投票数の過半数で決すべきである
「法案骨子」は、憲法改正に対する賛成投票の数が有効投票総数の2分の1を超えさえすれば、国民の承認があったものとする。
国民主権の精神からすれば、憲法改正の承認は、本来、すべての有権者または18歳以上の者を基礎にその過半数の賛成を要求すべきである。
それを、現実的な観点から、投票数を基礎に修正することはやむを得ぬにしても、その中で求められる賛成投票数は、有効投票数の2分の1では無く、総投票数の2分の1を超えるものを要求すべきである。この点「法案骨子」は、無効票を賛否の基礎から排除し、投票所に足を運び投票までは行ったが、改正に賛意を示さなかった無効票の投票者を無視することで、結果的に改正承認に要する賛成投票数を減じており、主権者の意思の認定としては不適切である。
- 国民投票を有効に成立せしめる投票率を規定すべきである
「法案骨子」は、一定の投票率を超えることを、国民投票成立の要件とはしていない。だが事の重大性に鑑みれば、投票率が一定の割合にさえ達しない場合には、国民の意思が充分かつ正確に反映されたものということはできない。国民主権の精神からは適切な成立投票率の設定が必要である。
- 国民投票無効訴訟についてはさらに慎重な議論を要する
法案骨子は、国民投票無効訴訟について定め、提訴期間を、投票結果の告示の日から起算して30日以内としている。
また、一審の管轄裁判所を東京高等裁判所に限定している。投票結果の告示から30日以内という期間は、憲法改正という極めて重要な事項についての提訴期間としては短かすぎる。
一審裁判所も、国民の司法審査を受ける権利を広く保障するという観点から、少なくとも全国の各高等裁判所をもってその管轄裁判所とすべきである。