奈良弁護士会

地方消費者行政の充実・強化に対する国の支援のあり方に関する意見書

奈良弁護士会
会長 飯田 誠

第1 意見の趣旨

  1. 消費者委員会は,地方消費者行政専門調査会の報告書をさらに検討し,地方消費者行政の充実強化に対する国の財政支援や政策提案のあり方について具体的な提言を行うべきである。
  2. 消費者委員会及び消費者庁は,消費者庁関連3法の国会審議の結果を尊重して,地方分権・地域主権改革の中にあっても,地方消費者行政の充実・強化に対し,格別の財政措置と政策提案を講ずべきである
  3. 国は,地方消費者行政に対する国の財政措置の具体的なあり方について,これまでの「地方交付税の基準財政需要額倍増措置」,「地方消費者行政活性化交付金」,「住民生活に光をそそぐ交付金」等の財政措置の実効性を検証したうえで,地方自治体が消費者行政の充実・強化を着実に推進できるような財政措置を講ずべきである。
  4. 国は,地方自治体の相談員がその専門性に見合った待遇のもとで,安定的に継続して勤務することができるような制度を整備すべきである。

第2 意見の理由

  1. 地方消費者行政専門調査会及び消費者庁制度WGの報告書
    地方消費者行政に対する国の財政支援や政策提案のあり方について,内閣府消費者委員会の地方消費者行政専門調査会は,2011(平成23)年4月7日,「地方消費者行政専門調査会報告書」(以下「調査会報告書」という。)をとりまとめ,消費者庁の地方消費者行政推進本部相談体制の法制度上の位置づけのあり方及び相談員の雇用形態・勤務体系についての制度のあり方についてのワーキング・グループ(以下「制度WG」という。)は,同年1月24日,「地方消費者行政の充実・強化に向けた課題」(以下「制度WG報告書」という。)を発表した。

    しかしながら,調査会報告書も制度WG報告書も,政府の地方分権・地域主権改革の方針を重視するあまり,甚だ不十分な内容であると言わざるを得ない。すなわち,市町村の消費生活相談窓口の整備に関する国の方策については,制度WG報告書は,「現在,政府においては,『地域主権改革』の取組が進められ,自治事務に対する『義務付け・枠付け』の廃止・縮小が進められ」ていることから,「仮に,何らかのメルクマールを示す必要があるのであれば,『地方公共団体への期待』,『事例紹介』といったものとすることが適切ではないか」とするにとどまる。また,調査会報告書は,国の財政負担の具体策については,「『地方消費者行政活性化基金』や『住民生活に光をそそぐ交付金』のように,地方公共団体の創意工夫に基づく裁量を発揮できるような財政措置を活用する方向で,具体的な在り方について検討する必要がある。」と提言するにとどまる。また,消費生活相談員の雇止めの回避や処遇改善についても,制度WG報告書は,「国としては,『雇い止め』を行わず,長期的な観点から相談員の育成に取り組み,消費生活相談体制の充実を図っている事例を積極的に情報提供していきます。」と述べるにとどまる。また,調査会報告書は,「消費者庁としては,各地方公共団体の長にあてて,・・・・具体的な指針を示すことにより,消費生活相談員の適切な処遇・研修機会の確保を図る必要がある。」として一歩踏み込んだ提言を掲げるものの,その指針を実現するための財政措置や制度的措置の具体化は示されていない。

    このような内容となった理由は,消費者庁関連3法成立の際の国会審議,これを踏まえた消費者庁及び消費者委員会設置法附則第4項及びこれらに関連した附帯決議への認識が不十分であることと,地方分権・地域主権改革の推進におけるナショナル・ミニマムの確保の観点が不十分であることにあると考えられる。

  2. 消費者庁及び消費者委員会設置法附則第4項及び消費者庁関連3法に対する附帯決議
    消費者庁及び消費者委員会設置法附則第4項は,「政府は,消費者庁関連三法の施行後三年以内に,消費生活センター(消費者安全法第十条第三項に規定する消費生活センターをいう。)の法制上の位置付け並びにその適正な配置及び人員の確保,消費生活相談員の待遇の改善その他の地方公共団体の消費者政策の実施に対し国が行う支援の在り方について所要の法改正を含む全般的な検討を加え,必要な措置を講ずるものとする。」と定め,これらに関連した附帯決議では,「今後三年程度の集中育成・強化期間後の国による支援の在り方や,消費生活センターの設置,相談員の配置・処遇等の望ましい姿について,その工程表も含め消費者委員会で検討を行うこと。」(衆議院消費者問題に関する特別委員会附帯決議第19項),「今後三年程度の集中育成・強化期間後の国による支援の在り方や,消費生活センターの設置,相談員の配置・処遇等の望ましい姿について,実態調査等を行うとともに,集中育成・強化期間の取組を踏まえ,その後も適切な対応が講じられるよう配意し,工程表も含め消費者委員会で検討すること。なお,検討に当たっては,広域的な設置を含め地域の実情に応じた消費生活センターの設置,PIO-NETの整備,相談員の資格の在り方についても十分配意すること。」(参議院消費者問題に関する特別委員会附帯決議第24項)が挙げられている。

    附則4項及び附帯決議に照らせば,国会が消費者委員会に託したものは,法改正を含めて検討したうえ,財政支援を含めた具体的な制度を提言することである。施策の細部については消費者庁に委ねるとしても,骨格は消費者委員会が具体的に提示する必要がある
    したがって,消費者委員会は,地方消費者行政専門調査会の報告書を受けて,さらに検討を遂げて,地方消費者行政の充実強化に対する国の財政支援や政策提案のあり方についての最終的な提言を行うべきである。

  3. 地方分権・地域主権改革と地方消費者行政への国の支援のあり方
    調査会報告書及び制度WG報告書が前記のようなとりまとめにとどまった大きな要因は,政府が推進している地方分権・地域主権改革を重視したことにある。

    しかしながら,地方消費者行政は,過去に何らの枠付けもなく具体的な財政支援もなく,予算や人員が削減され続けていた分野であり,そのような地方消費者行政に対し,国からの政策提案や確実に活用できる財政支援を打ち切るとなれば,多くの地方自治体の消費者行政が停止または後退してしまうおそれがある。そもそも消費者行政の役割は,現に存在する被害者を一日でも早く救済し,新たな被害をこれ以上繰り返さないことであり,こうした価値規範を行政の優先課題として取り組むことこそが消費者行政一元化の根幹である。そうであれば,国も地方自治体も消費者被害の防止・救済を少しでも早く実現するために,それぞれが実施可能な施策を最優先で講ずべきである。こうした考え方が国会において全会一致で確認された国の政策方針であり,前記のとおり,消費者庁関連3法案の国会審議においても,地方分権・地域主権改革の推進と地方消費者行政への財政支援との関係について,繰り返し議論されたうえで,前記附則や附帯決議が採択されたのである。

    また,政府の地方分権改革推進委員会においても,2008(平成20)年5月28日付け「第1次勧告~生活者の視点に立つ『地方政府』の確立~」において,地方消費者行政の強化については,「生活者の視点に立って消費者の安全・安心を確保する消費者行政を強化するためには,国の国民生活センターと地方自治体の消費生活センターを結ぶ迅速な情報収集ネットワークを早急に整備する」「国は,地方自治体の消費生活センターを法的に明確に位置付けその設置を促進するとともに,消費生活センターの設置と運営体制の強化に協力する意思のある地方自治体の取組みに対し,思い切った支援措置を行うべきである」こと等を提言している。

    このように,地方消費者行政の充実・強化については,ナショナル・ミニマムの確保の観点から,どこの地域の消費者であっても,いつでも専門的な相談を受ける機会が保障されるなど,消費者の権利が擁護されることが必要であり,そのために国が最低基準の設定やその実現のための財政支援策を講ずるべきである。

    よって,消費者委員会及び消費者庁は,改めて,これまでの「地方交付税の基準財政需要額倍増措置」,「地方消費者行政活性化交付金」,「住民生活に光をそそぐ交付金」等の財政措置の実効性を具体的に検証したうえで,地方自治体が消費者行政の充実・強化を着実に推進できるような財政措置や政策提案を講ずべきである。

  4. これまでの財政措置の検証に基づく今後の財政措置のあり方
    これからの地方消費者行政の充実・強化の施策を決定するにあたっては,これまでに講じられた「地方交付税の基準財政需要額倍増措置」,「地方消費者行政活性化交付金」,「住民生活に光をそそぐ交付金」等の財政措置や,「地方消費者行政の充実・強化のためのプラン」の政策提案等の実効性を検証したうえで,地方自治体が今後の消費者行政の充実・強化を着実に推進できるような実効性ある財政措置を講ずることが不可欠である。

    すなわち,地方交付税の消費者行政に関する基準財政需要額は,2008(平成20)年度が90億円であったのに対し,2009(平成21)年度は180億円へと倍増し,相談員の報酬単価基準についても,年間150万円から300万円へと倍増された。しかし,現実には,2009(平成21)年度の自主財源は11億円の増額(総額129億円)にとどまり,2010(平成22)年度には逆に125億円に減少している状態である。また相談員の報酬単価の向上は極めて低調である。つまり,使途自由な地方交付税について配分の目安となる基準財政需要額を倍増しても,ほとんど実効性がなかったことが明らかである。

    つぎに,3年間で利用できる「地方消費者行政活性化基金」について,2年間(2009(平成21)年度及び2010(平成22)年度)の実績を見ると,消費生活センター・窓口設置事業,消費者教育・啓発事業,消費生活相談員養成事業・レベルアップ研修事業,商品テスト機能強化事業など,地方消費者行政の再生に向けて大きく動き出したことは評価できる。しかし,2009(平成21)年度当初に消費生活センターが501か所であったものが,2年間で150か所程度増加予定とされたにすぎない。奈良県内の市町村について見れば,39市町村全てに相談窓口が開設されたことは評価できるものの,消費生活相談員による相談窓口を平日毎日開設している市町村は7市町村にとどまっており,大半の市町村が週1回ないし2回しか開設していない。住民がいつでも専門的な相談を受けられる窓口体制の整備という目標からすれば,まだ不十分である。また,相談員処遇改善については,2年間で180程度の自治体で報酬の引き上げが実施される予定とされているだけで,処遇改善は地方自治体の約1割にとどまり,かつ報酬額の増加はごくわずかにすぎないのが実情である。つまり,3年間に限定された「地方消費者行政活性化基金」では,4年目以降に財政負担を残すような人員増加や処遇改善に財源を注ぐことが困難であるのが地方自治体の実情である。

    さらに,2010(平成22)年度補正予算において創設された「住民生活に光をそそぐ交付金」については,内訳によると,合計1000億円のうち,2010(平成22)年度の地方消費者行政に利用する財源は10億8200万円にとどまり,2011(平成23)年度と2012(平成24)年度に基金として利用する財源は14億7000万円にとどまる。同交付金は,地方消費者行政のほかに,DV対策・自殺予防等の弱者対策・自立支援,知の地域づくりなど比較的使途の範囲が限られていたにもかかわらず,大半は施設・設備費等に利用され,地方消費者行政には全体の2.5%しか回っていないのが実情である。また,同交付金の利用期間は2年に限られているため,地方消費者行政活性化交付金と同じく,地方消費者行政の人的体制整備にはつながらないのではないかという指摘がなされている。さらに,2010(平成22)年2月に発表された「地方消費者行政の充実・強化のためのプラン」は,広域連携による相談窓口の設置や相談員の処遇改善などの諸課題について,地方自治体における先導的事例を紹介しつつ,地方自治体への期待を提示したものであるが,その後の地方消費者行政の実情を見る限り,広域連携や処遇改善が広がったとは言い難い。このように,国がこれまでに実施した財政支援措置や政策提案は,いずれも所期の目的を達したとは言い難い。今後の財政措置のあり方としては,「地方消費者行政活性化交付金」の期間を延長する方式であれば,細かな使途の制約があるため利用しにくいという批判を踏まえて,使途の自由度を広げる必要があり,「住民生活に光をそそぐ交付金」の方式を前提とするならば,使途の領域を一層限定して住民生活の安心安全の確保に関連する事業分野に確実に利用できるような範囲に絞った財政措置とすべきである。さらに,継続的・計画的な体制強化を実施可能とするために,例えば,地方財政法第10条に消費者事故情報収集業務・消費生活相談業務等に要する経費の規定を加えることなど,相当程度の期間を見据えた財政措置とする必要がある。

  5. 相談員の雇止めと民間委託
    調査会報告書は,「消費生活相談員が行う事務は,多岐にわたり,また,それぞれの事務を的確に処理するためには,専門的知見やスキルを要するほか,継続的な研修と経験の積み重ねによる知識,能力の維持・向上が不可欠。その点でいわゆる雇止めは適当ではない」,「相談員の多様な働き方に応じて,非常勤職員以外の制度的な選択肢を充実する必要がある」としており,これを踏まえ,国は,相談員がその専門性に見合った待遇のもとで,安定的に継続して勤務することができるような制度を整備すべきである。

    ところで,消費者庁は,2011(平成23)年2月10日付け通知書「消費生活相談員に対するいわゆる『雇止め』について(お願い)」を,都道府県及び市町村に通知した。同通知書は,消費生活相談員についてはその専門性や実務経験の重要性に照らし,雇止めの実施が不適切であることを明示しており,その点については適切である。

    しかし,同通知書は雇止めを行うことなく処遇の改善を図る地方自治体の事例を紹介しつつ,各地方自治体の配慮を求めるという内容にとどまっており,地方自治体が雇止めの回避を確実に実施するための施策としては,極めて不十分である。のみならず,同通知書が紹介する地方自治体の取組事例4件のうち2件が,相談業務の民間団体に委託した事例であり,今後の地方消費者行政のあり方について重大な問題を生ずるおそれがある。すなわち,指定管理者制度による業務の民間委託は,指定管理者となった団体内部の雇用関係により個々の相談員の雇止めは回避できるように見えるが,指定管理者の指定は期間を定めて行うことが必要であり(地方自治法第244条の2第5項),3年から5年で委託期間が満了したときは改めて公募選考により議会の議決を経ることとなるため,同一団体が継続的に受託できる保障はない。つまり,受託団体の相談員全体について雇止めと同様の不安定さが生じるのであり,管理者が変更された場合には地方自治体の相談窓口の体制自体に混乱が生じるおそれがある。加えて,指定管理者制度は,もともと地方自治体の管理運営費の削減の狙いが強いため,その後の委託事業費の削減により相談員の処遇が一層悪化する恐れもある。そもそも消費生活相談員による苦情相談業務は,単に相談者に対する相談助言のサービス提供にとどまらず,苦情事案を分析して事業者規制部門に結び付けたり,福祉や高齢者等の関連部局の対応を求めたりするなど,職員と相談員の密接な連携によって実施する業務であり,指定管理者への業務委託は本質的になじまないものというべきである。消費者啓発事業等の一部を民間団体に委託することによって,地域の消費者団体の活力を引き出すことは適切であろうが,消費者行政の中核的業務であり,かつ,専門性と継続性の確保が不可欠な相談業務を民間委託することは誤りである。<br>  国は地方自治体に対し,相談員の雇止め回避の名の下に消費生活相談業務を安易に民間委託する方向に流れることがないよう,相談員がその専門性に見合った待遇のもとで,安定的に継続して勤務することができるような制度を整備すべきである。


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