- 本年10月23日、名古屋高等裁判所金沢支部は、1986年(昭和61年)に福井市内で発生した殺人事件についての第2次再審請求(請求人前川彰司氏)に対し、再審開始決定をした。これに対して検察官は所定の期間内に異議申立をしなかったので、同決定が確定し、今後、同裁判所において再審公判が開かれることとなった。
- 同事件において前川氏は逮捕当初から一貫して自身の関与を否認しており、確定審第一審の福井地方裁判所はこの主張を認めて無罪判決を下したものの、検察官控訴後の第二審名古屋高等裁判所金沢支部は、関係者供述の信用性を認めて一審判決を破棄し、逆転有罪判決をした。
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しかしこの確定判決について、このたびの再審開始決定は、「関係者供述の信用性を補強する関係にあった客観的裏付け事実とされた事実に誤りがあることが明らかになったにとどまらず、各供述を裏付ける証言などの信用性に見過ごせない疑問が生じた」と判断し、前川氏が本件犯人とは認められないとした。
さらに、同決定は、本件において警察官が私的交際関係のない重要証人に対し、証人尋問に近い時期に金銭を交付したことや、検察官が捜査報告書の誤りを後に把握しながらもこれを明らかにせずに従前の主張を維持したことをも認定し、そのような捜査や訴訟追行の在り方に対して厳しい非難を加えている。
当該再審開始決定は本件の事実認定として妥当なものである。加えて、前述のように本件捜査や訴訟追行における警察・検察側の不公正さを厳しく非難した同決定を、当会は高く評価する。このような再審開始決定が確定した以上、今後の再審公判においては、検察官は、公益の代表者として、もはや前川氏についての有罪主張・立証をすることなく、一刻も早い無罪判決の言渡及びその確定に積極的に協力すべきである。そしてまた、警察及び検察は、それぞれ組織として、本件の捜査から起訴、そして訴訟追行の一連の過程についての第三者による検証を受け入れた上、本件のような誤りや不公正が以後生じることのないよう、再発防止策を示すべきである。 -
さらに、本件再審開始決定は、かねてより日弁連及び当会が主張してきた再審法の改正、とりわけ証拠開示制度の創設と検察官の不服申立の制限の必要性を、いわゆる「袴田事件」の再審開始決定とともに改めて明らかにした。
証拠開示については、本件の第2次再審請求審において、裁判所の積極的な訴訟指揮により、警察保管の捜査報告メモを含む計287点の証拠が新たに開示されるとともに、供述を変遷させた関係者の証人尋問が実施されたことによって、はじめて再審開始決定がなされたといって過言ではない。逆に言えば、そのような裁判所の積極的な訴訟指揮がなければ、再審開始決定が得られなかった可能性がある。
検察官の不服申立との関係では、本件は第1次再審請求に対して一度は再審開始決定がされていながら、これに対する検察官の即時抗告によりこれが覆り、請求棄却されているとの経緯に照らせば、再審開始決定に対する検察官の不服申立の禁止も、やはり必要な改正である。 - 「袴田事件」に引き続いて本件においても、重大えん罪事件における刑事司法の誤り、問題点が明らかとなった以上、未だ存在する個別事件のえん罪被害者を救済し、かつ、今後新たな被害者を生まないようにするために、もはや一刻の猶予もない。内閣及び国会は、われわれの求めるような再審法の改正を速やかに実現すべきである。
以 上
2024年(令和6年)11月26日
奈良弁護士会
会長 嶋 岡 英 司