奈良弁護士会

岡口基一裁判官に対する裁判官弾劾裁判所への訴追についての会長声明

2022年(令和4年)2月21日
奈良弁護士会会長  中村 吉孝

  1.  裁判官訴追委員会は,昨年6月16日,岡口基一裁判官(仙台高等裁判所判事兼仙台簡易裁判所判事)の罷免を求めて裁判官弾劾裁判所に訴追した。
  2.  本件訴追は,岡口裁判官のSNSへの投稿や記者会見等での発言が罷免事由である「裁判官としての威信を著しく失うべき非行」(裁判官弾劾法2条2号)に該当する事実,具体的には,自己が裁判官であることを他者が認識できる状態で,刑事事件被害者遺族に関する10件の投稿及び発言により被害者遺族の感情を傷つけると共に侮辱したこと,犬の返還請求等に関する民事訴訟に関する3件の投稿により,裁判を受ける権利を保障された私人である訴訟当事者による民事訴訟提起行為を一方的に不当とする認識または評価を示すと共に,当該訴訟当事者本人の社会的評価を不当に貶めたこと(以下,これらの投稿や発言を総称して「本件投稿等」という)が挙げられている。
  3.  「裁判官の威信を著しく失うべき非行」という実体要件については,過去の先例からすれば,「一般国民の尊敬と信頼に足りる品位に対する背反行為」と極めて広く解されうる。
     しかし,第一に,日本国憲法下においては裁判官も一国民として人権の享有主体であることを十分反映していない。表現行為,それも,公表された裁判例に関する裁判官のコメントは,現時点の法のあり方が国民の知るところとなるという形で,表現の自由の民主主義的価値に直結するものであるから,これが「裁判官の威信を著しく失うべき非行」にあたる場合は,特に限定的に解するべきである。
     第二に,裁判所が人権の最後の砦としてその独立性を強く保障されることの一内容として,裁判官の地位には特別の身分保障があり,意に反する処分としては裁判官分限法による戒告または一万円以下の過料がある他は,この弾劾裁判しかなく,減給や停職といった処分は存在しない。
     これは,裁判官が,身分保障の結果,自ら出処進退を決することを前提として制度が構築されており,弾劾裁判はその地位を濫用したような場合の極めて例外的な措置としてのみ用いられるべきであることを意味している。
     第三に,弾劾裁判により罷免されると,法曹たる資格を失う(弁護士法7条2号,検察庁法20条2号)という重大な効果をもたらすので,安易に用いられるべきではない。
     このように考えれば,「著しく」というのは,単に程度が高いものをいうにとどまらず,司法に対する国民の信頼を決定的に損ない法曹たることを許容し難い行為をいうものと,限定的に理解すべきである。
  4.  これに対し,訴追事由とされた行為は,表現の自由の保障を受ける表現行為であり,弾劾要件を満たすとされる場合は特に限定されなくてはならない。
     そのような観点からすると,本件各投稿はその表現行為中,一部不適切な表現と評価されるものや,戒告決定後の言動,訴追委員会の調査に対し遺族を傷つけるようなことはしない旨発言した後の言動もあるが,司法に対する国民の信頼を決定的に損なうとまでは言えず,「裁判官としての威信を著しく失うべき非行」にあたるとはいえない。
     本件により岡口裁判官が弾劾されることになれば,表現行為を理由とした裁判官の弾劾の先例になり,不当に拡大され,表現の自由を萎縮させ,裁判官の独立を危うくしかねないと考える。
     よって当会は,弾劾裁判所に対し,上記憲法上の問題点に鑑み,本件訴追については,慎重に審理をなすように求める。

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