奈良弁護士会

奈良市長に対する要望書生活保護に関する人権救済申立事件

奈良市長 大川 靖則 殿 奈良弁護士会
会長 相良 博美

 

要 望 書

〇〇〇〇から1999年8月25日付けでなされた人権救済申立事件について調査した結果、人権保障の上で見過ごせない問題があると思料しましたので、下記のとおり要望します。

意見の要旨

生活保護の申請者に対し、保護開始決定後可及的速やかに保護費が支給されるよう、締め切り日を設定して処理する運用を改め、保護開始決定後随時に保護費支給の手続に着手されるよう早急に措置されたい。
あわせて、支出行為のために要する期間を短縮し、或いは前渡金方式を採用するなどして、速やかに保護費が支給されるための改善を実施されたい。
上記措置が円滑になされるよう財政面、人事面において特別の配慮を講じられたい。

意見の理由

  1. 救済申立の趣旨
    申立人〇〇〇〇(1931年12月25日生)は、平成11年8月23日付けで奈良市に対し生活保護の申請を行い、9月21日になって、生活扶助、住宅扶助の保護費の支給を受けた者である。
    奈良市においては、保護開始の決定がなされても、実際に保護費が支給されるまでに最短でも11日、最長では20日も要し、保護の申請から保護費の支給まで30日以上も要するような扱いになっており、本件の場合も30日近い期間を要する結果となっている。これは生活保護法に定める必要即応の原則に違反し人権を侵害するものであるというのが救済申立の趣旨である。
  2. 当会が認定した事実
    申立人は、平成11年8月23日付けで奈良市に対し生活保護の申請を行った。上記申請を受理した奈良市保護課は、調査を行った上で、同年9月2日付けで申請日に遡って保護を開始することを決定し、同年9月21日に申立人に対し生活扶助等の保護費を支給した(但し保護開始決定通知書は後日になって作成されている)。

    1. 上記のように保護開始決定から現実の保護費が支給されるまでに相当の期間を要しているのは、奈良市においては、事務処理のための締め切り日(毎月10日、20日、月末)を設け、それぞれ締め切り日の10日後を支給日として運用していることによる。本件では、上記のとおり9月2日に保護開始が決定されたが、9月10日の締め切り日をもって処理され、出納手続を経た上、その10日後である9月21日に現実の支給がなされている。
      なお、申立人に対しては、保護費支給までの同人の困窮状態を救済する措置として、民生銀行からの貸し付け(金3万円)がなされている。
    2. 生活保護開始決定から保護費の支給に至る手続については、各実施機関の運用に委ねられている実情にあるが、締め切り日を設けて処理している実施機関は少数で、多くの実施機関では開始決定があれば随時出納のための手続に回している。
      但し、出納手続上、現実の支出までには相当の期間を要するのが実情であり、奈良市の近隣自治体(生駒市、天理市、大和郡山市、橿原市。但し生駒市では締め切り日が設定されている)でも、保護申請から保護費支給までに1か月ないし3~4週間を要するのが実態である。
    3. 奈良市においては、平成4年にコンピュータを導入し、事務処理の効率化を図ったが、その後の不況の悪化、継続に伴って件数は大幅に増加しており、平成12年4月1日現在の保護受給世帯は2494世帯、月新受件数が49件となっている。現在、24名のケースワーカーと管理職がその処理にあたっているが、1名のケースワーカーが150件もの保護世帯を担当するケースもあり、事務負担の過重が迅速な処理を妨げている実情にある。
    4. 現在奈良市においても、困窮した状況にあるケースについてはその都度支給する体制の整備が検討されているとのことである。
  3. 判断
    1. 生活保護法は、保護申請に対する決定通知をなすべき期間を法定している(法24条3項)が、保護費の支給時期まで定めている訳ではないこと、近隣の自治体における運用状況や奈良市担当課が置かれた状況、とりわけ大量の保護申請や保護受給者に生じた変更に対応する事務処理を限られた人員で行っており過重な事務負担となっていること、現実の保護費支給が遅延したことによって申立人が困窮状況にあったことは推測されるものの、民生銀行からの貸し付けという困窮状態救済のための一定の措置がとられていること等を考慮すると、本件をもって直ちに違法な人権侵害と認めるのは困難である。
    2. しかし、生存権を保障した憲法25条や保護申請に対する決定通知の時期を法定し、窮迫した状況における職権保護開始義務(法7条但書、25条)をも定める生活保護法の趣旨に照らせば、保護開始決定後最長20日間もの期間にわたって現実に保護費が支給されないケースが生じる運用には、やはり問題があると言わざるを得ず、早急に改善措置がとられる必要がある。
      とりわけ、締め切り日を設けず随時処理する方式を採用すれば、保護開始決定から締め切り日までのタイムラグは回避可能である。そのためにはプログラムの修正と担当職員の増員が不可欠と思料されるが、生活保護法の趣旨に沿った運用を確保するためには、全市的な財政、人事面をも含めた特別の対応が必要である。
      さらに、困窮者に対してその都度必要な保護費を早急に支給するためには、必要費用を予測して前渡金として予め支出措置をとる方式も検討の余地があるし、出納業務に伴うタイムラグを可及的に減少させる工夫や取り組みが求められる。
  4. 結論
    よって、生活保護費の支給遅延による人権侵害を未然に防止し、憲法並びに生活保護法の趣旨により沿った運用を実現するため、要望の趣旨記載のとおり要望する。

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