奈良弁護士会
会長 宮坂 光行
会長 宮坂 光行
- 少年法における「少年」の年齢を18歳未満にすること等について、法制審議会の少年法・刑事法(少年年齢・犯罪者処遇関係)部会において審議がなされてきたが、本年8月6日、同部会事務局から審議結果の「取りまとめに向けたたたき台」(以下「たたき台」という。)が示されるに至った。今後、この「たたき台」に沿って最終的な要綱案が取りまとめられ、法務大臣への答申及び国会審議を経て、その内容に沿った法改正に至る可能性がある。本声明は、「たたき台」のうち、「罪を犯した18歳及び19歳の者に対する処分及び刑事事件の特例等」の要綱(骨子)について緊急に当会としての意見を述べるものである。
- 同「たたき台」は、罪を犯した18歳及び19歳の者についても現行少年法に近い枠組みを採用することを提案してはいるものの、他方で、「刑事司法制度において、18歳未満の者とも20歳以上の者とも異なる取扱いをすべきである」としている。しかし、これまでの2回の当会会長声明(2015年8月6日付け「少年法の「成人」年齢引き下げに強く反対する会長声明」及び2019年1月23日付け「少年法の適用年齢引下げに改めて強く反対する会長声明」)でも既に指摘しているとおり、そもそも、少年法の適用年齢と公職選挙法上の選挙権付与年齢や民法上の成年年齢を形式的に一致させる必要はなく、それらは法律それぞれの趣旨や目的に照らして個別具体的に検討されるべきものである。少年法の目的は、未成熟で可塑性に富む者に対して保護処分により健全育成を期すことにある。このような現行少年法における教育的処遇は、罪を犯した18歳及び19歳の者についても、有効に機能している。それゆえ、少年の処遇に携わってきた元裁判官、元調査官、元少年院院長等からも次々と適用年齢引下げに反対する意見が表明されている。少年事件は全体としても近年急激に減少してきており、重大事件も激減している。凶悪化しているとの認識は誤りである。現行少年法の理念を曲げるべき理由は一切ない。
したがって、18歳及び19歳の者についても現行少年法と異なる取扱いをすることは全く必要がないし、むしろすべきでない。
- 特に、「たたき台」が提案する以下の内容は、少年法の理念を後退させるものであり、当会は、強く反対する。まず、「たたき台」では、罪を犯した18歳及び19歳の者につき、いわゆる「原則逆送」事件の対象範囲を死刑又は無期若しくは短期1年以上の新自由刑に当たる罪の事件にも拡大することが提案されている。しかし、「原則逆送」の範囲を犯情の幅が極めて広い事件類型にまで拡大すると、家庭裁判所が少年の抱える要保護性を丁寧に調査・検討した上でその健全育成に必要な処遇を個別に選択する機会が大きく狭められることになる。このような現行少年法の理念を根本的に損なう法改正を許容することはできない。
次に、現行少年法61条の推知報道の禁止につき、「たたき台」は、犯行時18歳又は19歳の少年が家庭裁判所により検察官に送致され公判請求された後にはその禁止が解除されることを提案している。しかし、ブログやSNS等を通じて情報が容易に拡散され、かつインターネット上に永続的に残り続けるという昨今の状況に鑑みると、推知報道禁止の解除は、成長発達途上にあって可塑性を有する少年の社会復帰に致命的な影響を及ぼすおそれがある。知る権利や報道の自由の名の下に、結局少年に対する私的な制裁がなされてしまいかねないことを容認することはできない。また、少年に対する犯罪の抑止力となるのは、「推知報道がなされ得ること」などではない。個々のニーズに応じた温かな成長支援である。したがって、犯行時18歳又は19歳の者についても推知報道は手続段階の如何を問わず一貫して禁止されるべきである。これを解除するような法改正はなされるべきではない。
- 当会は、これまで、奈良県少年補導に関する条例に対する会を挙げての反対活動や、個々の会員による「更生に資する」弁護・付添活動等を通じて、一貫して、現行少年法の教育主義・保護優先主義の意義を確信し、実践してきたと自負している。そのような当会にとって、現行少年法の理念を後退させるような施策を看過することは到底できない。したがって、当会は、18歳及び19歳の者の取扱いについて、このたびの「たたき台」が示すような方向性での法改正がなされることに強く反対するものである。