奈良弁護士会総会
第1 決議の趣旨
- 司法試験の受験について、「法科大学院の修了」との要件を受験資格要件から削除すべきである。
- かりに1の要件を存続させる場合でも、予備試験の受験資格および予備試験合格者の司法試験合格を制限すべきではない。
- 司法修習生への給費制を復活させるべきである。
- 法曹に対する有償需要が増大していることが確認できるまで、司法試験の合格者数は、1000人以下とすべきである。
第2 決議の理由
- 法曹志望者の減少
近時、法曹志望者が著しく減少している。法科大学院の入学者数は、2004年度においては5767人であったところ、2014年度においては2272人であった。また、生徒募集中である67校を合算した定員充足率は59.64%であり、うち28校において入学者が10人未満である。
その原因として、法科大学院への進学には多額の費用を要する一方、近年、司法修習を終了したとしても、法曹としての仕事を開始することができない、あるいは仕事を開始しても安定した収入を得ることができない者の存在も明らかになっているといった諸事情が指摘されている。
しかしながら、法曹志望者の減少は、法曹界に優秀な人材を迎え入れることができなくなるということを意味している。中長期的にみた場合、これまで、曲がりなりにも国民から一定の信頼を得ていたと思われる司法制度を支える人的な基盤の確保にも支障が生じる危険性がある。
我々は、深刻な危機感をもって、現在生じている問題を解決し、法曹界を魅力あるものとしていかなければならない。そして、この問題を検討するにあたっては、何よりもまず、法曹への道を選択しなかった人や中途で断念した人の立場から考えるという視点が、常に念頭に置かれるべきである。 - 法科大学院制度について
法科大学院は、法曹に必要な学識及び能力を培うことを目的としている(司法試験法4条1項1号)。そして、その制度設計においては、司法試験合格程度の実力はもちろん、旧制度における前期修習修了に代わる水準の養成を行うことを目的としていたはずである。
ところが、現状の法科大学院においては、それらの目的から大きく乖離し、乱立による教育格差、司法試験合格率の低迷、定員割れや募集停止の続出、志願者や入学者の著しい減少傾向など、法曹実務家を養成する機関として十全に機能しているとはいえない状況が続いている。
2014年度司法試験においても、合格率50%以上の法科大学院は74校中2校にすぎない一方、合格率10%未満の法科大学院は29校に達している。そして、現在に至るまで、少なくとも22校が、学生募集の停止を表明し、または実際に停止し、もしくは廃止されるに至っている。
一方で、法曹志望者にとっては、法科大学院の修了には、相当な年数と多額の費用を要するものと認識されている。したがって、法科大学院の修了を司法試験の要件とすることが、年齢的にも、経済的にも、法曹志望者のリスクを高めてしまい、有為な人材を他の方面へ放逐する結果となっているおそれがある。
したがって、法科大学院については、少なくとも大幅な統合・整理を促進し、法曹志望者にとって強い需要があり、また成果を挙げているもののみを存続させるべきである。その上で、多種多様な法曹志望者を幅広く受け入れ、法曹界に人材を確保するという観点からは、法科大学院修了要件をすべての受験生に課すべきではないから、受験資格要件を削除すべきである。 - 予備試験について
上記2の点が実現されれば、予備試験については、事実上、その役割を終えることができる。しかし、法科大学院修了要件が存続する限りは、法曹界に多様な人材を確保するためのルートである予備試験は、必須の制度というべきである。
2014年度においては、予備試験の受験者数は1万0347人であり、すでに、法科大学院の受験者数1万0267人を上回っている。しかも、2014年度司法試験においては、予備試験合格者の最終合格率は66.80%であり、法科大学院修了者の最終合格率21.19%を大きく上回っている。
ところで、一部においては、予備試験は法科大学院に経済的理由等で進学できない者に対する例外的措置である等の理由を用いて、予備試験受験に年齢制限を設ける、法科大学院に在籍する者の予備試験受験を制限する、予備試験合格者の司法試験合格者数を制限する、といった議論が見受けられる。
しかし、上記のとおり、予備試験は法曹志望者にとってもその需要が高く、また現に高い合格率という実績を残しているものであることは、統計上明白である。加えて、前記のような法科大学院の実状に照らした場合、法曹志望者に対し、法科大学院以外のルートを提供することは当然の責務というべきであるから、予備試験の受験資格および予備試験合格者の司法試験合格者数を制限すべきではない。 - 司法修習生への給費制について
法曹志望者にとって、法曹資格を取得するための経済的な負担は非常に大きなものとなっており、仮に法曹資格を取得したとしても、一定の収入すら得ることができないというリスクの増加もあわせて考慮した場合、法曹となること自体を断念する要因の一つとなっている。法曹界に優れた人材を確保し、司法制度の円滑な運営を続けるためには、司法修習生に対する給費制を復活することも、必要不可欠な施策の一つというべきである。
すなわち、法曹の存在は、国を成り立たせる必須の基盤として、わが国の憲法自体に定められているところであり、司法修習生を給費制によって養成することには、高度の必要性が認められる。また、それによって、多種多様な人材の確保という法曹養成の基本理念もまた実現されるものである。
なお、2010年度および2011年度においては、司法修習生手当の支出額は年間70億円弱であったのに対し、法科大学院への国費投入額は、2004年から2010年までの7年間で、年間平均約83億円に達しているのであるから、この点を比較しても、給費制が実現不可能なものとは到底思われない。 - 司法試験の合格者数について
前記のとおり、本年度の法科大学院への入学者数は、2272人であった。法科大学院への進学段階において、既に十分な競争性が確保されていないという実態に鑑みた場合、少なくとも今後数年の間は、司法試験の合格者数を現状よりも大幅に削減しなければ、実務の現場において重大な支障を生じる可能性がある。
自民党政務調査会が平成26年4月9日付で発表した緊急提言においても、最高裁自らが、判事補に適する質を有する司法修習生が任官せず定員を満たさない旨を述べていたことが明らかにされている。
一方で、法曹の最も基本的な職務とされてきた法廷における活動についてみても、全国的な訴訟事件の件数は、明確に減少傾向を示している。そして、司法修習終了後に弁護士登録することのできない司法修習生が爆発的に増加しており、仮に弁護士登録ができたとしても、「ノキ弁」「タク弁」「ケー弁」といった言葉に象徴されるような、厳しい業務の実態も明らかになっている。
さらに、弁護士の法的な需要がどの程度存在するのかどうかについては様々な意見があるとしても、少なくとも、一定の対価を支払った上であっても弁護士を利用したいという有償需要が飛躍的に拡大しているという事実は、いまだ確認されていない。
以上のような現状に鑑みた場合、まず弁護士保険の普及や民事法律扶助制度の拡充、そして、民事執行制度の強化や、行政訴訟制度の改革、協議離婚制度の廃止等の改革に取り組み、市民に身近で、頼りがいのある司法制度とすることが最優先課題であることはもちろんである。しかし,それらの改革により弁護士の有償需要の拡大が明らかになるまでの間は、年間2000名にも及ぶ司法試験合格者数を維持することは許されず、司法制度改革に関する議論が開始される1999年以前の合格者数である1000名以下とするのが相当である。