奈良弁護士会

ゲートキーパー立法に反対する会長声明

奈良弁護士会
 福井 英之

  1. FATF(OECD加盟国を中心とする政府間機関である「金融活動作業部会」の略称)は、マネーロンダリング及びテロ資金対策を目的として、従前から対象としていた金融機関に加え、弁護士等の専門職に対しても、不動産の売買等一定の取引に関し、「疑わしい取引」を金融情報機関に報告する義務を課すことを勧告した。

    これを受けて、政府の国際組織犯罪等・国際テロ対策推進本部は、平成16年12月、「テロの未然防止に関する行動計画」を策定し、その中でFATF勧告の完全実施を決めた。さらに、政府は、平成17年11月17日、FATF勧告実施のための法律の整備の一環として、金融情報機関を金融庁から警察庁に移管することを決定した。

  2. しかしながら、弁護士に依頼者の「疑わしい取引」に関する報告義務を課すことは、弁護士の守秘義務を侵すのみならず、弁護士の存立基盤である国家権力からの独立性を危うくし、弁護士に対する国民の信頼を損なうことにつながるから到底容認できない。弁護士の職責は、国家権力から独立し、ときには国家権力と一定の対抗関係に立って国民の人権と法的利益を擁護するところにある。
    そのため、弁護士は国家権力から独立した専門家としての地位が保障されるとともに、職務上知り得た秘密を保持する権利を有し、依頼者に対して高度の守秘 義務を負うものとされている。

    「疑わしい取引」を金融情報機関に報告する義務を課すゲートキーパー立法は、かかる弁護士制度の基盤を根底から覆すものである。諸外国の弁護士及び弁護士会においても、FATF勧告は弁護士制度の根幹を揺るがすものとしてその実施に反対し、FATFの重要な加盟国であるアメリカやカナダでは勧告による立法はなされておらず、ベルギーやポーランドでは違憲訴訟が係属しているのが現状である。

  3. そもそも、「疑わしい取引」を金融情報機関に報告することを義務づける法制度の下では、依頼者は弁護士に安心して全ての事実を打ち明けることができなくり、弁護士と依頼者の基本的な信頼関係は破壊される。さらに、弁護士は事実関係の全容を把握できなくなる結果、依頼者は弁護士からの適切な助言を受けることができなくなる。加えて、依頼者が弁護士に真実を話さなくなれば、弁護士は依頼者が法律を遵守して行動するように適切な指導をすることができなくなり、依頼者による違法行為という結果を招くリスクも生じる。

    従って、依頼者の違法な行為を金融情報機関に通報することによる違法行為の予防、抑止の効果よりも、多くの依頼者が適切な法的アドバイスを受けられなくなるリスクの方が格段に大きい。

  4. もちろん、当会は、マネーロンダリングやテロ資金対策を否定するものではなく、弁護士がそれらに関与させられることがないよう継続的に研修を実施し、また、弁護士がそれらに関与すれば懲戒処分をもって臨む。

    しかしながら、ゲートキーパー立法は、弁護士制度の基盤を根底から覆し、弁護士に対する国民の信頼を損ない、依頼者が秘密の内に適切な法的アドバイスを受ける権利を侵害するという重大な問題を含んでいる。まして、各弁護士が直接 警察庁に刑罰の威嚇をもって通報を義務づけられる制度を作るとすれば、弁護士が警察機関と対抗して刑事弁護活動等を行う上での制度的独立を危くし、弁護士の警察権力からの独立を損なう可能性がある。

よって、当会はゲートキーパー立法に反対する。


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